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05/06のツイートまとめ

つぶやきコーナー
05 /07 2021

JAZZyaro


北海道神宮 本殿 桜350
北海道神宮の桜にパワーをもらった。  はてなブログに投稿しました #はてなブログ札幌の桜-北海道神宮・2021春 - 日暮らしフォトブックhttps://t.co/YPBGfesZmO
05-06 18:02

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05/03のツイートまとめ

つぶやきコーナー
05 /04 2021

JAZZyaro


道庁前広場の桜350
晴れないGWだな・・・雨ばっか。  はてなブログに投稿しました #はてなブログ札幌の桜ー月寒三区平成公園、北海道庁旧庁舎、こころーど - 日暮らしフォトブックhttps://t.co/1YtGMhKrb2
05-03 12:25



05/01のツイートまとめ

つぶやきコーナー
05 /02 2021

JAZZyaro

道庁桜350
うす曇り 遠目から見る 桜かな  はてなブログに投稿しました #はてなブログ札幌の桜ー北海道庁旧庁舎、北海道神宮、精進川河畔 - 日暮らしフォトブックhttps://t.co/WUKFB8BCGr
05-01 15:03



04/28のツイートまとめ

つぶやきコーナー
04 /29 2021

JAZZyaro

いつもかっこいいサウンドで俺たちを楽しませてくれた菊池俊輔先生。あなた以上にかっこいい曲書ける人、いない。  作曲家・菊池俊輔さん死去 89歳|BIGLOBEニュース https://t.co/u7ztt1IDg0
04-28 18:08

ソフトクリームを食べるには寒い札幌。  はてなブログに投稿しました #はてなブログ札幌のソフトクリーム <2>-不二家、ウミエール、シャトレーヌ、Pokke Cafe - 日暮らしフォトブックhttps://t.co/mjmue565Cq
04-28 17:40



04/20のツイートまとめ

つぶやきコーナー
04 /21 2021

JAZZyaro

MILK SWEETのソフトクリーム350

ソフトクリームもイケる春なのに(コロナで不自由せにゃならんとは)。  はてなブログに投稿しました #はてなブログ札幌のソフトクリーム:CHACO、MILK SWEET、COOL GARDEN、ガスト - 日暮らしフォトブックhttps://t.co/RndAQRt33i
04-20 18:01


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すくりーんエッセイ ささやかな、取材先でのナイスカット(11 最終回)

すくりーんエッセイ
04 /16 2021

◆ 追悼 田中邦衛-青大将とは〝椿三十郎〟のことだった!

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 話は変わって--東宝が加山雄三主演で若大将シリーズ(1961~81)を始める時、その第1作『大学の若大将』で企画と脚本を担当した、当時まだ東宝の社員だった田波靖男はプロデューサーの藤本真澄(当時、取締役製作本部長。後、東宝副社長)からこう言われる。

〔藤本、以下、藤〕「この敵役にも若大将みたいなニックネームが欲しいな」
〔田波、以下、田〕「餓鬼大将みたいなですか?」
〔藤〕「ちょっと当たり前すぎるな。青大将ってのはどうだ」
〔田〕「藤本さん、蛇は嫌いじゃないんですか?」
〔藤〕「大嫌いだから、敵役にするんだ。実はな、黒澤が撮りたいって、俺のところに持って来ている企画の題名が『青大将』っていうんだ。題名が悪いから変えろって言ってあるんだが」
 この企画はのちに題名を変えて、黒澤明監督の希望通り映画化される。三船敏郎主演で『用心棒』に続いてヒットした時代劇映画『椿三十郎』である。

出典:『映画が夢を語れたとき』田波靖男、広美出版事業部 ※〔〕内、高村註

 そして藤本は田波に青大将役を演じる俳優の心当たりを言った。

〔藤〕「青大将にそっくりな奴がいるんだ。司葉子の『別れて生きるときも』(田宮虎彦原作、井手俊郎・松山善三脚本、堀川弘通脚本監督)に出ている、気味の悪い奴が」
…(略)…
〔藤〕「葉子ちゃんが家出して、木賃宿に泊まるシーンがあるだろう」
〔田〕「ええ」
〔藤〕「そこで印半纏を着た、うす気味の悪い奴が、葉子ちゃんにからんでくるじゃないか」
〔田〕「ああ、それなら田中邦衛でしょう」
〔藤〕「田中なんていうんだ?」
〔田〕「田中邦衛。俳優座の役者で、うちの映画では、よくやくざのチンピラとか、殺し屋とか、そんな役ばかりやってますよ。黒澤さんの『悪い奴ほどよく眠る』(小国英雄・黒澤明・久板栄二郎・菊島隆三。橋本忍脚本)でも、電柱の影から三船の様子をうかがっている、暴力団の手先みたいな役をやってました」
〔藤〕「ああ、思い出した。それそれ、そいつだよ」(前掲書)

 こうして田中邦衛の青大将(役名・石山新二郎)は誕生し、クニさんの知名度は一気に上がって、その俳優人生は順調に滑り出していく。

 最後に--私が好きな田中邦衛はその〝青大将〟を改題した『椿三十郎』(1962)で演じた保川邦衛だ。三船演じる三十郎や三十郎派の加山雄三たちに逆らう、若侍の一人。三十郎を評したあの台詞、見るたびに爆笑する。

〝バケモンだぜ、ありゃ!〟 <完>


▲『椿三十郎』(1962・東宝=黒澤プロ 黒澤明監督) 予告編 
出典:YouTube

すくりーんエッセイ ささやかな、取材先でのナイスカット(10)

すくりーんエッセイ
04 /15 2021

◆ 追悼 田中邦衛-『北の国から』の見方を改めた「'87 初恋」

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 そんな私の違和感がコロッと「好感」に変わったのは、先日亡くなった田中邦衛さんの追悼で放映された『北の国から '87 初恋』(1987 2021年4月3日追悼放送)だった。
 これを観た当時の私は練馬の安アパートに住み、フリーターをしていた。要はくすぶっていたから、どうしようもなく感動してしまった。尾崎豊「I LOVE YOU」が流れるラストシーンには感極まり、布団をかぶって泣いた。しばらくすると大阪で就職していた高校時代の同級生から電話があって、やはり『~'87 初恋』を見て感動したと言い、夢中でドラマのことを話し合った。

 あの泥の付いた1万円札。あれを見て父親のことを思わない人はいないだろう。私も札幌にいた父に向かって心の中で手を合わせ、自分の不明を詫びた。

1万円札 150

 『北の国から』で田中邦衛は父の黒板五郎を演じ、彼の代表作になった。この役のせいで彼はかつて演じた青大将(若大将シリーズ)でも佐藤太郎(若者たち)でも槇原政吉(仁義なき戦い)でも、『学校』(1993・松竹 山田洋次監督)のイノさんでもなくなり、五郎そのものになってしまった。
 僕らの世代なら、田中邦衛といえば青大将だし、同じフジテレビの『浮世絵 女ねずみ小僧』(1971~74)の小川真由美の相棒役なんかが思い出される。
 でもテレビで流れた訃報や特集を見ると『北の国から』ばかりがフィーチャーされて、五郎イコール田中邦衛みたいな印象だ。それも仕方ないのかなと思うが、見ているとまるで黒板五郎として死んでいったような気になってくる。

 『北の国から』のドラマでも最後、五郎は亡くなる。
 人生の終点は、みな死だけれど、それにしても切ない。 <続く>


▲『若者たち』(1968・俳優座=新星映画社 森川時久監督) 
 キャストの俳優たちが役柄を越えて自分の意見をぶつけ合うような、けたたましい口論、その激烈な言い合いに圧倒される。その口論(それはいつも兄弟同士の大喧嘩に発展)は、当時盛んだった学生運動を背景に、そんな運動をやりたくてもやれない貧しい境遇にいて、必死に働いている若い兄弟たちの現状に対する苦悩と苛立ち、挫折、社会に対する抗議、疎外感、そしてそれらを越えた連帯へと続いて、観る者の胸を打つ。
 もともとフジテレビのドラマだったものを再編集して劇場公開した作品だが、これを越えるディスカッション・ドラマは今もって作られていない。田中邦衛、山本圭、橋本功、佐藤オリエ、松山省二、石立鉄男、井川比佐志といった、当時まだ若手だった俳優たちが情熱的で初々しく、そして力強い。その体当たりの演技は、青臭い自己主張こそが正論でありそれこそが青春のすべてなのだ、という絶対的な感動を今も与えてくれる。

すくりーんエッセイ ささやかな、取材先でのナイスカット(9)

すくりーんエッセイ
04 /14 2021

◆ 富良野と東京-『鉄道員』の大竹しのぶに泣かされた


▲『鉄道員』(1999) 予告編 出典:YouTube

 当初、私が『北の国から』に感じた違和感は、主にドラマの中で使われる〝言葉〟だった。それは関西の人が東京の俳優が話す関西弁(のドラマ)に覚える嫌悪感と同じで、劇中で使われる「~ダベ(ヤ)」とか「~ッショ」といった北海道なまりの言葉が引っかかったのだ。ドラマ内容を見定めてのものではない(というか、それほど真剣に観ていたわけでもない)。

 「言葉は生活(生活実感)」だからそこにひっかかるとドラマ全体が嘘くさく感じてしまう。北海道弁は標準語に近いといわれ、実際にそう思うし、出演者の俳優さんたちは方言監修を受けて、道民と同じようなイントネーションで話そうとしている。
 でもやはりどこか違う。

 そこに「ん?」となるのは、私がここに生まれ育った土着の道産子だからだろう。

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 そういう意味で、私が言葉(北海道弁)でひっかからなかったのは『鉄道員(ぽっぽや)』(1999・「鉄道員」製作委員会、降旗康男監督)大竹しのぶだけだ。あの映画の大竹さんの場面は多くなく、高倉健と二、三言葉を交わすだけだったと思うが「凄いなぁ…」と感心した。まるで故郷(いなか)のお袋が喋っているように感じて、思わず涙がにじんだ。健さんが亡くなるラストでは涙は出なかったが、大竹しのぶの北海道弁には泣かされた。

 演技者としての大竹しのぶの凄さを改めて思い知った。<続く>


すくりーんエッセイ ささやかな、取材先でのナイスカット(8)

すくりーんエッセイ
04 /13 2021

◆ 富良野と東京-久米宏がラジオで絶賛した『北の国から』

原宿竹下通り350 
▲東京・原宿  竹下通り

 『北の国から』(倉本聰・作)は、妻と別れた子連れの中年男が、都会(生活)を離れ、田舎町の富良野で自給自足のような手作りの生活を始めるローカルドラマ(田舎生活)

 当時、ローカルから見た東京は光り輝く大都会で、1982年ごろはバブル突入の前夜。ディスコやテクノブームに沸き、サーファー、レイヤード(ヘヤ)が流行った、金満で浮ついたシティ・カルチュアの全盛期。〝ダサい〟は笑われ、汗と涙(努力)は嫌われ、みんなが今でいう〝意識高い系〟でいたい、と焦っていた。特に若者たちは。

 しかし脚本家の倉本さんが提案したのはそんな風潮に逆行する〝自然生活のススメ〟。といっても、自然に抵抗したり開発したりするのではなく、自然の中で自然と溶け合って暮らす素朴な生き方。電気もテレビもないような環境だから親子は寄り添って暮らさなければならないし、富良野の町の人と交流しなければ自分たちだけでは生活できない。だから本当の絆や交流、人間性が生まれる。今こそ、こういう生き方が大事だと思うんですよ・・・とかなんとか、そんな事を久米さんは力説していたように思う。
■ この地で生まれ育った道産子、土着な私の違和感


▲『アドベンチャー・ファミリー』(1975) 予告編 このワイルドな家族はクマとも一緒に寝起きする!
出典:YouTube

 この〝北の国から〟式ライフスタイルは、アメリカ映画『アドベンチャー・ファミリー』(1975・米、スチュアート・ラフィル監督)とともに、その後に流行したエコロジカルな田舎暮らし、スローライフの先駆けだったとも思うけれど、そんな評価を聞いても私はドラマを観なかった。入学した大学生活が何かとシンドかった事は前に書いたが、テレビだけはよく観た。テレビしか、当時の鬱屈した気持ちを解放させてくれるものはなかったから。なのに『北の国から』は観なかった。

 なぜか。あそこで描かれる富良野の生活が、北海道を美化した、理想化されたものに思えたからだ。私のいた札幌と札幌以外の地域ではまた違うだろうが、生活も、また町の人々もドラマに出てくるようなものではないと感じ、違和感を持った。

北海道はそんなに良いところじゃないよ。
冬はくそ寒く、夏だって寒い。
原始林と原野が果てしなく続いて、そこらじゅうにヒグマがいる。
そんな未開拓な場所のどこがいいんだ。
それに道民はこんなにいい人ばかりじゃない。
一体どこがよくて、こんな所に移住してくるんだ。

 ここに暮らす者の思い(本音)は、今もきっとこうである。 <続く>

ヒグマ150

すくりーんエッセイ ささやかな、取材先でのナイスカット(7)

すくりーんエッセイ
04 /12 2021

◆ 富良野と東京-『北の国から』の評判を聞いた参宮橋の宿泊所

富良野ラベンダー 390

 輓馬がそりを引き、山河が青々としていた富良野は『北の国から』の舞台になって大きく変わった。札幌や函館、旭山動物園、知床などと並ぶ一大観光地になった。そうなってからの富良野を、私は一度も訪れていない。モダンで都会風の施設がいっぱい出来たみたいで、幼少期に行ったスキー場は大資本が入ってデラックスな、それこそ内地(本州)でいうところの苗場、蔵王並みのウィンターリゾート(ホテル)が建ったようだ(今はコロナ禍で大変だろうが)。

 『北の国から』は本放送(レギュラー)は1981年10月~82年3月とツークールだったが、続編のスペシャル版が1983年から2002年まで続くという異例に長いドラマで、私はスペシャル版(の終盤)になってから観た。本放送の頃は大学受験が迫っていたのでテレビは観なくなっていた。そんな私がこのドラマの評判を耳にしたのは、その大学受験のために東京の宿泊施設に2週間滞在していた時(1982年2月)である。
■ 忘れられた戦争被害者、寂しげな中国残留孤児とともに

国立オリンピック記念青少年センター350
▲ 東京・代々木の国立オリンピック記念青少年総合センター 公式サイト:https://nyc.niye.go.jp/category/facilities2/dormitories/

 小田急線の参宮橋駅を降りた所に今もあるその施設は1964年の東京五輪当時の選手村だった所で、その後「国立オリンピック記念青少年総合センター」になった。団地がいくつもあるような広大な施設で、春には大学受験で上京した学生を廉価で泊まらせるサービスをやっていて、私もそれを利用した。
 因みにここは、当時、ようやく政府が問題解決に動き出した中国残留孤児の宿泊所にもなっていて、だから人民服を着た中国残留孤児の人々を私は間近で見ている。同じ食堂を利用したし、係員に引率されて歩いている行列も見た。あの方々は無事に日本の肉親と再会できたのかな、と今でも思い出すことがある。歴史(戦争)の断面に触れた思いがした。

 そこから受験のある日は会場の大学に向かい、受験のない日は施設内の体育館や喫茶ルームなどで暇をつぶした。
 寝泊まりする部屋は個室ではなく、病院の大きな病棟みたいな広さの大部屋に数人が雑魚寝。雑魚寝といっても各自にベットが1台与えられ、それが20台はあったから1部屋20人で寝泊まりしていたことになる。

 そんな部屋で、私はイヤホンをつけてラジオを聴きながらベッドの上で参考書なんかを読んでいたと思う。
 その時、ラジオから『北の国から』がいかにテレビドラマとして画期的で素晴らしいかを知った。熱を込めて話していたのは、TBSラジオのお昼のパーソナリティを務めていた久米宏だった。<続く>

久米宏の素朴な疑問 (1979年)

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高村 英次

札幌在住の映画ライター。本ブログは2013年より「高村英次の『映画の災難』」としてスタートし、本年より「シネマの幸旅」と改題。またはてなブログにてフォトブログ「日暮らしフォトブック」を公開中!

< プロフィール >
血液型:A型
趣味:サイクリング、クッキング、デジカメ撮影、SNS
好きな場所:豊平川、中島公園、北海道神宮、北大、八紘学園農場
好物:コーヒー、ソフトクリーム、スープカレー、麺類
好きな店:Beyond Age、カレーのチャンピオン白石店、綱取物語、斗香庵、文太郎、恵比寿商店、林、風来堂、おっぺしゃん、カリフォルニア、Japanese Ramen Noodles、一鶴、UMIERE(ウミエール)、MILK SWEET、CHACO